外国人住民に「伝わる」多言語情報作成術:分かりやすさを高めるデザインと文化配慮
はじめに:翻訳だけでは伝わらない情報がある
地域における外国人住民への情報提供は、多文化共生社会を推進する上で非常に重要です。多くの自治体では、ウェブサイトや広報紙、SNSなどで情報を多言語化する取り組みを進められています。しかし、単に言葉を翻訳するだけでは、情報が意図した通りに「伝わらない」という課題に直面することが少なくありません。
情報が伝わらない原因は、言語の違いだけではありません。情報のレイアウトやデザイン、使用されている画像、そして受け手の文化的な背景や慣習など、様々な要因が影響します。特に、限られた予算や人員の中で効率的に情報を届けたいと考える市役所職員の皆様にとって、どのようにすれば情報が外国人住民に確実に「伝わる」のかは、常に模索されている課題の一つではないでしょうか。
この記事では、外国人住民向けの多言語情報を作成する際に、言葉の壁を越えて情報の分かりやすさを高めるための「デザインの工夫」と「文化への配慮」に焦点を当て、具体的な実践ポイントをご紹介します。
言葉の壁を超えるデザインの力
情報伝達におけるデザインとは、単に見た目を良くすることだけではありません。情報を構造化し、視覚的に理解しやすくするための重要な要素です。多言語情報においては、デザインの工夫が言葉の理解を補完し、あるいは言葉なしでも伝わる情報にするための鍵となります。
1. レイアウトとフォント
- 情報の階層化: 最も伝えたい情報(日時、場所、目的など)は大きく、目立つように配置します。見出し、本文、補足情報などの区別を明確にし、視線がスムーズに流れるようなレイアウトを心がけます。
- フォントの選択: 多言語対応している読みやすいフォントを選びます。特に、非ラテン文字(漢字、ハングル、キリル文字など)を含む場合は、それぞれの言語で視認性が高く、誤読しにくいフォントが重要です。フォントサイズも、高齢者や視力の弱い方にも配慮し、十分な大きさを確保します。
- 行間・字間: 適度な行間と字間は、文章の塊を読みやすくします。詰まりすぎていると読みにくく、広すぎると間延びしてしまいます。
2. 色使い
- 色のコントラスト: 背景色と文字色のコントラストをはっきりさせることで、可読性が向上します。Webアクセシビリティの基準(WCAGなど)を参考に、十分なコントラスト比を確保することが推奨されます。
- 色の持つ意味: 色は文化によって異なる意味を持つことがあります。例えば、日本ではおめでたい色とされる赤が、別の文化では注意や危険を意味する場合もあります。普遍的に理解されやすい色の使い方(例:注意喚起に黄色やオレンジ、禁止に赤など)を検討するか、色の意味に頼りすぎない情報設計を心がけます。
- 色の情報への依存: 色覚多様性を持つ方もいるため、色だけで重要な情報を伝えるのは避けます。例えば、「赤いボタンを押してください」ではなく、「赤いボタン(決定)を押してください」のように、色以外の情報も併記します。
3. 図、イラスト、ピクトグラム、写真の活用
- 言語に依存しない情報伝達: 言葉が分からなくても直感的に理解できる図やイラスト、ピクトグラムは多言語情報において非常に有効です。例えば、ゴミの分別方法を示すイラストや、災害時の避難場所を示すピクトグラムなどは、視覚的に素早く情報を伝えることができます。
- 写真の選び方: 写真は具体的な状況を伝えるのに役立ちますが、写っている人物の服装や背景などが特定の文化に偏りすぎていないか、見た人に不快感を与えないかなどを考慮する必要があります。多様な文化背景を持つ人々が写っている写真を選ぶ、あるいは中立的なイラストを使用するなど、配慮が求められます。
- 図やイラストの分かりやすさ: 複雑すぎる図や抽象的なイラストは、かえって混乱を招くことがあります。シンプルで分かりやすい表現を心がけます。
文化の違いへの配慮
情報が「伝わる」ためには、受け手の文化的な背景や慣習、価値観を理解し、配慮することが不可欠です。
1. 情報の受け止め方の違い
- 礼儀や丁寧さの表現: 日本語で丁寧な表現であっても、直訳すると他の言語では失礼に響く場合があります。翻訳だけでなく、各文化圏でのコミュニケーションスタイルに配慮した言い換えや表現の調整が必要になることがあります。
- プライバシーや個人情報への感覚: プライバシーに関する情報の取り扱いや、アンケートなどでの個人情報の収集に対する感覚は文化によって異なります。情報提供や同意取得のプロセスは、分かりやすく、安心して協力してもらえるよう配慮します。
- 権威や制度への向き合い方: 自治体からの情報に対する受け止め方も、文化によって異なります。一方的な通達ではなく、情報提供の目的や背景を丁寧に説明することで、信頼を得やすくなります。
2. タブーや誤解を招きやすい表現・画像
- 特定の宗教や文化においてタブーとされているもの(例:特定の動物、色、ジェスチャーなど)に配慮します。
- ステレオタイプな表現や、特定の集団を不当に扱うような表現は厳禁です。多様性を尊重する姿勢を示します。
- 文化的背景によっては、図やイラスト、写真が意図しない意味で解釈される可能性があります。可能な限り、複数の文化背景を持つ人々の意見を聞く機会を設けることが望ましいです。
3. 地域ごとの情報ニーズ
外国人住民の出身国や地域の多様性を把握し、それぞれのグループがどのような情報(手続き、子育て、防災、医療など)を必要としているかを理解することが重要です。特定の言語グループ向けに特化した情報提供を行うことも有効です。
予算・人員が限られる中での実践ポイント
多言語情報作成において、予算や人員の制約は現実的な課題です。しかし、工夫次第でコストを抑えつつ、分かりやすい情報を作成することは可能です。
- 既存テンプレートの活用: 広報誌やウェブサイトの既存テンプレートを活用し、デザインの基本ルールを統一することで、デザインにかかる手間を削減できます。
- シンプルなデザインを心がける: 複雑なデザインはコストも時間もかかります。必要最低限の要素で構成された、シンプルで分かりやすいデザインを目指すことで、効率的に作成できます。
- 無料・安価なツールの活用: Canvaなどの無料または安価なデザインツールを活用することで、専門的なデザインソフトがなくても見栄えの良いチラシやSNS画像を作成できます。
- 地域ボランティアやNPOとの連携: 地域で活動する外国人支援NPOや、多文化共生に関心のあるボランティア団体の中に、デザインスキルを持つ方や、特定の文化圏に詳しい方がいる場合があります。こうした団体と連携し、デザインに関する助言や文化的なチェックをお願いすることで、専門知識や視点を取り入れることができます。
- 外国人住民への試読・フィードバック: 作成した情報を公開する前に、対象となる外国人住民数名に試読してもらい、分かりにくい点や改善点がないかフィードバックをもらうことは非常に有効です。当事者の視点を取り入れることで、より「伝わる」情報になります。
まとめ
外国人住民に確実に情報を「伝える」ためには、単に言葉を翻訳するだけでなく、情報の受け手が持つ多様な背景を理解し、デザインや文化的な配慮を組み込むことが不可欠です。レイアウト、フォント、色使い、図や写真の選び方といったデザインの工夫は、言葉の理解を助け、視覚的に分かりやすい情報を提供します。また、文化的な違いや慣習への配慮は、誤解を防ぎ、信頼関係を築く上で重要な要素となります。
予算や人員が限られる中でも、既存リソースの活用、シンプルなデザイン、無料ツールの利用、そして地域住民や支援団体との連携、当事者からのフィードバックなどを通じて、効果的で「伝わる」多言語情報を作成することは可能です。
「伝わる」情報発信は、外国人住民が地域社会の一員として安心して暮らし、社会参加するための基盤となります。これは同時に、地域コミュニティ全体の相互理解を深め、より豊かな多文化共生社会を実現することに繋がります。この記事でご紹介したポイントが、皆様の多言語情報発信の取り組みにおいて、一助となれば幸いです。