自治体における掲示物・施設表示の多言語化:作成・設置のポイントと注意点
地域コミュニティのための掲示物・施設表示多言語化の重要性
ウェブサイトや広報誌、SNSなどを活用した多言語情報発信が進む一方で、外国人住民が日常生活で直接触れる機会の多い「掲示物」や「施設表示」の多言語化も、地域コミュニティにおける相互理解を深める上で非常に重要です。これらの物理的な表示物は、緊急時の避難経路案内、行政手続きの告知、公共施設の利用方法説明、あるいは単なる名称表示に至るまで、外国人住民が地域社会の一員として安全かつスムーズに生活するために不可欠な情報源となり得ます。
しかし、限られた予算や人員、専門知識の不足といった制約の中で、どのように掲示物や施設表示の多言語化を進めれば良いのか、具体的な方法に悩まれている自治体職員の方もいらっしゃるのではないでしょうか。この記事では、掲示物や施設表示の多言語化を効果的に実施するための作成・設置に関する実践的なポイントと、見落としがちな注意点について解説いたします。
多言語化の対象をどのように選定するか
まず、多言語化すべき掲示物や施設表示をどのように選定するかが重要なステップです。全ての表示物を一度に多言語化することは難しい場合がほとんどですので、優先順位を設定する必要があります。
考慮すべき主なポイントは以下の通りです。
- 安全性・緊急性に関わる表示: 避難経路、非常口、立ち入り禁止区域、危険物に関する警告など、住民の安全に直接関わる表示は最優先で多言語化を検討すべきです。
- 利用頻度の高い場所・サービス: 市役所の窓口案内、公共交通機関の利用方法、図書館や体育館などの公共施設の案内表示など、外国人住民が頻繁に利用する可能性のある場所やサービスの表示は優先度が高いと言えます。
- 基本的な生活情報: ごみ収集のルール、住民登録の方法に関する簡易な案内、地域イベントの告知など、日常生活を送る上で基本的な情報は網羅的に検討対象とすることが望ましいです。
- 問い合わせの多い内容: 窓口などで外国人住民からの問い合わせが多い内容に関する掲示は、事前に多言語化しておくことで、職員の負担軽減にもつながります。
地域の外国人住民の構成やニーズを事前に把握しておくことも、適切な対象選定のために有効です。既存の相談窓口への問い合わせ内容を分析したり、外国人住民向けのアンケートやヒアリングを実施したりすることで、彼らがどのような情報にアクセスしづらさを感じているかを特定できます。
分かりやすい多言語掲示物・施設表示を作成するためのポイント
多言語化された表示物であっても、内容が伝わらなければ意味がありません。外国人住民に「伝わる」表示物を作成するためのポイントをご紹介します。
1. 翻訳の質と表現の工夫
単に文字を翻訳するだけでなく、外国人住民にとって分かりやすい表現を選ぶことが重要です。
- 専門用語の言い換え: 行政手続きや施設の名称など、専門的な用語は平易な言葉に言い換える工夫が必要です。
- やさしい日本語との連携: 多言語表示に加え、「やさしい日本語」での併記を検討するのも有効です。日本語を母語としない方にとって、完全な母語翻訳よりも、慣れ親しんだ日本語と母語翻訳の両方がある方が理解しやすい場合があります。
- 地域性への配慮: 地域独自の名称やルールなどがある場合は、必要に応じて簡単な補足説明を加えるか、一般的な言葉に置き換えることを検討します。
- 翻訳者の選定: 可能であれば、対象言語の文化背景や地域事情にも理解のある翻訳者に依頼することが望ましいです。専門の翻訳会社や、地域の多文化共生センターなどを通じたコーディネーターに相談することも有効です。
2. 視覚的なデザインとピクトグラムの活用
文字情報だけでなく、視覚的な要素を効果的に活用することで、言語の壁を越えて情報を伝えることが可能です。
- ピクトグラム: 国際的に認知されているピクトグラム(絵文字)を積極的に使用します。これにより、文字が読めなくてもおおまかな内容を理解できるようになります。
- レイアウトとフォント: 多言語を併記する場合、それぞれの言語が混同しないように、色分けや行間、フォントサイズに配慮した見やすいレイアウトを心がけます。ユニバーサルデザインの観点から、誰にでも読みやすいフォント(UDフォントなど)を選ぶことも重要です。
- 色彩: 色覚多様性を持つ方にも配慮し、特定の情報伝達に色のみを使用することは避け、形や文字情報と組み合わせて使用します。
- 情報量の整理: 一つの掲示物や表示に情報を詰め込みすぎず、伝えたい内容を絞り込み、簡潔にまとめることが大切です。
3. 必要な言語の選定
多言語化する際にどの言語を選ぶかは、地域の外国人住民の分布によって異なります。
- 国勢調査や住民基本台帳のデータ、外国人住民向けの相談窓口への相談件数などを参考に、地域で話されている主要な言語を特定します。
- 全てを網羅することは難しいため、まずは最も話者数の多い言語から優先的に対応を進める、あるいは英語、中国語、韓国語、ベトナム語、フィリピノ語など、日本全国で比較的話者数が多い言語を基本としつつ、地域特性に合わせて他の言語を追加していくといった段階的なアプローチも考えられます。
多言語掲示物・施設表示を効果的に設置するためのポイント
作成した多言語表示物も、適切に設置されなければその効果を発揮しません。設置に関するポイントを解説します。
1. 設置場所の選定
- 目立つ場所: 人通りの多い場所、利用者が必ず通る場所、 information コーナーなど、自然と目に留まる場所に設置します。
- 利用シーンに合わせた場所: 例えば、ごみ収集に関する掲示ならごみステーション周辺、施設の利用方法ならその施設のエントランスや内部といったように、情報が必要となるであろう利用シーンに合わせて設置場所を検討します。
- 高さと向き: 車椅子利用者や子供、背の高い方など、様々な身長の人が無理なく視認できる高さに設置します。また、照明の反射や通路からの角度なども考慮して、見やすい向きに設置します。
2. 耐久性とメンテナンス
屋外に設置する場合や公共施設内に設置する場合、耐久性やメンテナンス性も重要な考慮事項です。
- 素材: 屋外用であれば、雨風や紫外線に強く、破損しにくい素材(例:ラミネート加工、アルミ複合板など)を選びます。屋内でも、人の手が触れやすい場所では汚れにくい素材や加工を検討します。
- 固定方法: 強風で飛ばされたり、勝手に剥がされたりしないよう、しっかりと固定します。
- 定期的な確認: 情報が古くなっていないか、汚損や破損がないかなど、定期的に設置場所を確認し、必要に応じて交換や清掃を行います。情報の更新が必要になった場合に、容易に交換できる仕組みを検討しておくと、メンテナンスの負担を軽減できます。
見落としがちな注意点と改善のためのヒント
多言語化を進める上で見落としがちな注意点と、それらを改善するためのヒントをご紹介します。
- 情報の正確性と最新性の維持: 一度多言語化した情報も、制度変更やイベント終了などにより内容が古くなることがあります。情報の更新体制を事前に構築しておき、担当部署間で連携を取りながら常に最新の情報を提供できるように努めることが重要です。
- 地域住民からのフィードバック: 日本語を母語とする地域住民からの「読みにくい」「分かりにくい」といったフィードバックも、表示物の改善に役立つことがあります。
- 外国人住民からのフィードバックの収集: 最も重要なのは、実際にその情報が必要な外国人住民からのフィードバックです。「この情報が欲しかった」「これは分かりにくい」といった具体的な意見を収集するための窓口(アンケート、相談窓口など)を設けることを検討します。
- コストと効果のバランス: 限られた予算の中で最大限の効果を得るためには、優先順位付けと、低コストで実現できる方法(例:既存のデザインを活用したテンプレート作成、クラウドソーシングでの翻訳依頼など)を検討することが必要です。
まとめ:継続的な取り組みとしての多言語化
掲示物や施設表示の多言語化は、一度行えば完了というものではありません。地域の状況や外国人住民のニーズは常に変化するため、継続的な取り組みが必要です。
今回ご紹介した作成・設置のポイントや注意点を参考に、まずは身近な場所や重要な情報から多言語化を始めてみてはいかがでしょうか。そして、実際に利用する方々からのフィードバックを収集し、改善を重ねていくことで、地域コミュニティにおける情報のバリアを減らし、外国人住民がより安心して暮らせる環境づくりに貢献できるはずです。これは、自治体職員の皆様にとって、地域全体の活性化と相互理解の促進に向けた重要なステップとなります。
この情報が、皆様の多言語情報発信の取り組みの一助となれば幸いです。