多言語情報発信の効果を見える化:自治体ができる測定と改善策
はじめに
地域に暮らす外国人住民の方々へ、必要な情報を多言語で正確に届けることは、自治体の重要な役割の一つです。災害時の避難情報、行政手続きの案内、子育て支援に関する情報など、生活に密着した情報が伝わることは、外国人住民の方々の安心に繋がり、地域社会全体での相互理解を深める土台となります。
しかし、多言語での情報発信は、情報を作成・提供すること自体に多くの労力を要するため、「発信はしているものの、本当に情報が届いているのか分からない」「外国人住民の方々が、発信した情報を見てどのような反応をしているのか把握できていない」といった課題を感じていらっしゃる自治体職員の方も少なくないのではないでしょうか。限られた予算や人員の中で、より効果的に、そして継続的に情報を提供していくためには、発信した情報が「どれだけ届き、どのように受け止められているか」を知ることが不可欠です。
この記事では、多言語情報発信の効果を「見える化」し、今後の情報提供活動をより良くしていくための「測定」と「改善」について、具体的な方法や考え方をご紹介します。
なぜ多言語情報発信の効果測定が必要なのか
多言語情報発信の効果測定を行うことには、いくつかの重要な目的があります。
- リソースの最適化: 限られた予算や人員を有効に活用するためには、どの媒体や情報が効果的かを知り、非効率な方法からより効果的な方法へリソースをシフトさせることが重要です。
- 外国人住民のニーズ把握: どのような情報が求められているのか、どのような形式であれば伝わりやすいのかを知ることで、情報発信の方向性をより的確に定めることができます。
- 継続的な改善: 効果測定の結果から課題を抽出し、改善策を実行するPDCAサイクルを回すことで、情報発信の質を継続的に向上させることができます。
- 説明責任: 税金を使って行っている情報提供活動について、その有効性や成果を説明するためにも、効果を示すデータは有用です。
効果測定は、単に数字を集めることではなく、より良い情報提供と、ひいては地域社会における外国人住民との信頼関係構築に繋がる取り組みなのです。
多言語情報発信の効果を測定する具体的な方法
効果測定には、定量的なアプローチと定性的なアプローチがあります。両方を組み合わせることで、より多角的かつ深い理解を得ることができます。
1. 定量的な測定方法
数値として把握できる指標を用いて、情報がどの程度届いているか、利用されているかなどを測定します。
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ウェブサイトのアクセス解析:
- 言語別アクセス数: ウェブサイトの多言語ページについて、言語ごとのアクセス数やページビュー数を測定します。これにより、どの言語のページがよく見られているか、特定の情報が多言語でどれだけ閲覧されているかが分かります。
- 地域別アクセス数: 在住外国人数の多い国・地域からのアクセスが多いかなどを把握します。
- 滞在時間・直帰率: ページ内容がしっかり読まれているか、あるいはすぐに閉じられていないかなどを推測する指標となります。
- 具体的なツール: Google Analyticsなどが一般的です。無償で利用できる範囲で、基本的なアクセス状況を把握できます。
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SNSのエンゲージメント:
- 自治体がFacebookやTwitterなどで多言語情報を発信している場合、投稿に対する「いいね!」やシェア、コメントなどの反応数を測定します。
- どの言語での投稿が反応が良いか、どのような内容に関心が高いかなどを把握する手がかりとなります。
- 具体的な方法: 各SNSプラットフォームが提供する分析機能を利用します。
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プッシュ型情報の開封率/クリック率:
- メールマガジンや多言語対応アプリのプッシュ通知などを利用している場合、送信数に対する開封数や、本文中のリンクがクリックされた回数などを測定します。
- 情報が「開かれたか」「詳細を見ようとしたか」を把握できます。
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問い合わせ件数(言語別・内容別):
- 多言語での問い合わせ窓口を設けている場合、どのような言語で、どのような内容の問い合わせが多いかを記録・集計します。
- よくある問い合わせ内容は、情報発信が不足している分野や、既存の情報が理解されにくい分野を示唆している可能性があります。
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多言語対応のアンケートやフォームへの回答数:
- 特定の情報提供(例: 新しい支援制度の案内)やイベント参加申し込みなどについて、多言語対応のフォームを設置した場合、言語別の回答数や申し込み数などを把握します。
- 情報が行動に繋がったかを測る指標の一つです。
2. 定性的な測定方法
数値だけでは分からない、情報がどのように理解され、どのような影響を与えているかといった深い部分を把握するための方法です。
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外国人住民へのヒアリング/インタビュー:
- 数名の外国人住民に直接会って、自治体からの情報にどのように触れているか、どのような情報が欲しいか、既存の情報は分かりやすいかなどを詳しく聞きます。
- オンライン会議ツールなどを活用すれば、対面が難しくても実施できます。
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フォーカスグループインタビュー(少人数のグループ対話):
- 複数の外国人住民に集まってもらい、特定のテーマ(例: 防災情報、子育て情報)について、自治体からの情報提供に関する意見交換を行います。
- 多様な意見や共通の課題を引き出しやすい方法です。通訳・翻訳者の協力が不可欠です。
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相談窓口や地域で活動するNPO等からのフィードバック収集:
- 日頃から外国人住民と接している相談窓口の担当者や、外国人支援を行うNPO、国際交流協会などから、情報伝達に関する状況や外国人住民の声を定期的にヒアリングします。
- 現場の「生の声」や課題を把握する上で非常に有効です。
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多文化共生推進会議などでの意見交換:
- 外国人住民代表や支援者などが参加する会議の場で、情報提供のあり方について意見を求めます。
定性的な情報は、定量的なデータの背景にある理由や、数値だけでは見えない課題、新たなニーズを発見するのに役立ちます。
測定結果から改善策へ繋げるには
測定によって得られたデータや声を、次のアクションに繋げることが最も重要です。
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データの集計と分析:
- 収集した定量・定性データを整理し、傾向や特徴を掴みます。
- 「どの媒体の、どのような情報が、どの言語でよく見られているか」「どのような情報が不足しているか」「既存情報のどこが分かりにくいか」といった点を具体的に特定します。
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課題の特定:
- 分析結果に基づき、情報発信における具体的な課題を明確にします(例: 「ウェブサイトの○○言語版のアクセスが極端に少ない」「SNSではイベント情報への反応が良いが、制度情報への反応が薄い」「〇〇に関する問い合わせが多いことから、関連情報が伝わっていない可能性がある」)。
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改善策の検討と立案:
- 特定された課題に対して、どのような改善策が考えられるかを検討します。
- 例: アクセスの少ない媒体・言語での発信頻度や内容の見直し、反応の良いSNSで制度情報を分かりやすく伝える工夫、問い合わせの多い内容に関するFAQの作成・多言語化、情報提供媒体の追加(例: ポスター、リーフレットを店舗や集会所に置く)など。
- この際、予算や人員の制約を考慮し、実現可能な範囲で優先順位をつけます。
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改善策の実施:
- 立案した改善策を実行します。小規模な試験的実施(トライアル)から始めることも有効です。
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再測定と評価:
- 改善策実施後、再度効果測定を行います。改善策がどのような効果をもたらしたかを評価し、次の改善に繋げます。
- このプロセスはPDCAサイクル(Plan-Do-Check-Act)そのものです。
予算・人員が限られる中での工夫
多くの自治体では、多言語情報発信のためだけに専任の担当者や十分な予算を確保することは難しいのが現状です。しかし、工夫次第で効果測定と改善の取り組みを進めることは可能です。
- スモールスタート: いきなり全ての情報、全ての媒体について詳細な測定を行う必要はありません。まずは特定の重要な情報(例: 防災情報、ゴミ出しルールなど)や、最も利用者が多いと思われる媒体(例: 自治体ウェブサイト)から測定を始めてみましょう。
- 既存ツール・リソースの活用:
- ウェブサイトのアクセス解析ツールは無償のもの(Google Analyticsなど)を活用できます。
- アンケート作成ツール(Google Formsなど)も無償または低コストで利用可能です。
- 相談窓口やNPOとの連携は、新たな予算を使わずに貴重な定性情報を得るための有効な手段です。
- 目標の明確化: 「〇〇の情報のウェブサイトアクセス数を△△%増やす」「◇◇に関する問い合わせ件数を〇〇%減らす」など、具体的な目標を設定することで、測定すべき指標や改善策の方向性が明確になります。
- 関係部署との連携: 広報課、国際課、各専門部署(福祉、防災など)と連携し、情報発信の目的やターゲットを共有することで、測定項目や改善策の検討がスムーズになります。
まとめ
外国人住民への多言語情報発信は、「発信すること」自体が目的ではなく、「必要な情報が必要な人へ届き、理解され、活用されること」を目指すべきです。そのためには、情報発信の効果を測定し、その結果を基に改善を続けることが不可欠です。
この記事でご紹介した定量・定性的な測定方法や改善プロセスの考え方が、貴自治体の多言語情報発信活動をより効果的なものとするための一助となれば幸いです。限られたリソースの中でも、できることから一歩ずつ測定と改善に取り組むことが、外国人住民の方々とのより良いコミュニケーションと、地域社会全体の相互理解促進に繋がっていくことでしょう。