多言語情報発信で避けるべき落とし穴:自治体の失敗事例から学ぶ改善策
はじめに
地域における多文化共生が進む中、自治体による外国人住民への多言語情報発信の重要性はますます高まっています。しかし、限られた予算や人員の中で、効果的かつ継続的に多言語情報を発信していくことは容易ではありません。多くの自治体が試行錯誤を重ねていますが、残念ながら期待した効果が得られなかったり、かえって混乱を招いたりする失敗事例も存在します。
成功事例から学ぶことはもちろん重要ですが、失敗事例から学び、同様の落とし穴を回避することも、限られたリソースを有効活用し、より良い多言語情報発信体制を構築するためには不可欠です。この記事では、自治体の多言語情報発信でよく見られる失敗事例とその原因を分析し、それらを未然に防ぐための具体的な改善策についてご紹介します。
自治体の多言語情報発信によくある失敗事例
自治体における多言語情報発信の失敗は、特定の部署だけでなく、計画、実行、評価の各段階で発生する可能性があります。ここでは、代表的な失敗事例をいくつかご紹介します。
失敗事例1:外国人住民のニーズを把握しない一方的な情報提供
- 内容: 自治体が「必要だろう」と考える情報を、一方的に翻訳して提供するにとどまっているケースです。例えば、日本人の住民向けに作成された広報紙の内容をそのまま翻訳したり、自治体のウェブサイトの情報を機械的に多言語化したりします。
- 原因: 外国人住民が実際にどのような情報を求めているのか、どのような手段で情報収集をしているのかといった、具体的なニーズや行動様式に関する調査や理解が不足していることが主な原因です。また、情報提供側の視点のみで多言語化を進めてしまうことも挙げられます。
- 結果: 発信する情報が外国人住民にとって関心の低い内容であったり、すでに知っている情報であったりするため、情報が活用されず、多言語化にかけたコストや労力が無駄になってしまいます。
失敗事例2:翻訳の品質が低く、情報が正確に伝わらない
- 内容: 機械翻訳の結果をそのまま公開したり、専門知識を持たない職員やボランティアが翻訳を行ったりした結果、誤訳や不自然な表現が多く含まれる情報になってしまうケースです。特に、行政手続き、医療、教育、防災といった専門的な内容は、正確な翻訳が求められます。
- 原因: 翻訳コストを過度に削減しようとする意識や、翻訳の品質チェック体制が構築されていないことが原因です。機械翻訳は便利ですが、行政文書や専門性の高い内容では誤訳のリスクが高まります。また、翻訳者の専門性や対象言語の文化背景への理解が不足している場合も品質低下につながります。
- 結果: 誤った情報が伝わることで、外国人住民に不利益が生じたり、自治体への信頼が失われたりする可能性があります。また、問い合わせが増加し、対応コストが増大することも考えられます。
失敗事例3:外国人住民が利用しない媒体で発信している
- 内容: 日本人の住民に広く利用されている広報紙や自治体ウェブサイトを中心に多言語情報発信を行っているものの、外国人住民にとってアクセスしやすい媒体ではないケースです。外国人住民は、国籍や在留資格、年齢層によって情報収集の手段が異なります。
- 原因: 外国人住民の情報収集行動に関する理解が不足していることが原因です。ウェブサイトや広報紙だけでなく、SNS、地域の国際交流協会、母国語のコミュニティ、多言語対応のアプリなど、多様な情報源をどのように利用しているかを把握できていません。
- 結果: 重要な情報が外国人住民に届かず、情報格差が生じてしまいます。特に緊急時や災害時には、情報が届かないことが命に関わる事態につながる可能性もあります。
失敗事例4:情報が古く、必要な時に最新情報が入手できない
- 内容: 多言語化した情報を一度作成したものの、制度変更やイベントの終了などにより内容が古くなっても、更新が追いつかないケースです。
- 原因: 情報更新に関する明確な担当者やルールが設定されていないこと、情報作成部署と多言語化担当部署との連携がスムーズに行われていないことが原因です。また、多言語化の作業自体に時間がかかることも要因となります。
- 結果: 古い情報に基づいて行動した外国人住民に混乱や不利益が生じます。また、自治体の情報に対する信頼性が低下し、「どうせ古い情報しか載っていない」と思われて、誰も参照しなくなってしまう可能性があります。
失敗を回避するための改善策
上記の失敗事例を踏まえ、多言語情報発信の質を高め、効果的に情報を届けるための改善策を考えます。
改善策1:外国人住民の多様なニーズと情報収集行動を徹底的に把握する
多言語情報発信の第一歩は、誰に、何を、どのように伝えるべきかを知ることです。
- ニーズ調査: 外国人住民を対象としたアンケート調査、ヒアリング調査を実施します。地域の国際交流協会や支援団体、町内会などと連携して、現場の声を収集することも有効です。どのような情報(子育て、医療、行政手続き、イベントなど)を求めているか、どのような言語、媒体での情報提供が望ましいかなどを具体的に把握します。
- 行動様式の理解: スマートフォンの普及率、利用しているSNS、母国語メディアへの接触状況など、情報収集行動に関するデータを収集・分析します。多様な背景を持つ外国人住民がいることを念頭に置き、画一的なアプローチではなく、ターゲット層に応じた情報提供戦略を検討します。
改善策2:高品質な翻訳を実現するための体制を構築する
正確で分かりやすい翻訳は、信頼性の基盤となります。
- 翻訳者の選定: 行政や特定の分野(医療、法律など)に関する知識、そして対象言語と日本語の高度な運用能力を持つ翻訳者に依頼することを基本とします。可能であれば、対象言語のネイティブチェックを含めることを推奨します。
- 翻訳ガイドラインの作成: 自治体内で使用する固有名詞や定型表現、専門用語などの訳し方を統一するためのガイドラインを作成します。これにより、複数の部署や担当者が関わっても品質のばらつきを抑えることができます。
- 機械翻訳の活用と限界の理解: 機械翻訳は作業効率化に有効ですが、あくまで補助ツールとして位置づけ、必ず人間の目で内容を確認し、修正を行う体制を構築します。特に、人命や重要な権利に関わる情報は、慎重な取り扱いが必要です。
改善策3:外国人住民にアクセスしやすい多様な媒体を組み合わせる
情報伝達の効果を最大化するためには、媒体の特性を理解し、組み合わせることが重要です。
- ウェブサイト・SNS: 自治体の公式ウェブサイトの多言語化は基本ですが、外国人住民が日常的に利用しているFacebook、LINE、WeChatなどのSNSを活用した情報発信も効果的です。視覚的な情報(イラスト、動画)を多用することも有効です。
- 紙媒体・掲示板: 高齢者層やデジタルツールに不慣れな層に向けては、地域の掲示板、スーパーやコンビニなどの生活圏にある場所へのチラシ配布、多言語版の広報紙なども依然として有効です。
- 対面・相談窓口: 地域の国際交流協会、多文化共生センター、外国人相談窓口などを活用した対面での情報提供や相談対応は、情報伝達だけでなく、相互理解を深める上でも重要です。
- 多言語アプリ: 近年開発が進んでいる多言語対応の行政情報アプリなどの活用も検討できます。プッシュ通知機能などにより、タイムリーな情報提供が可能です。
改善策4:情報更新体制を整備し、常に最新情報を提供する
鮮度の高い情報は、外国人住民の信頼を得る上で不可欠です。
- 担当者の明確化: 各情報カテゴリ(防災、医療、子育てなど)ごとに、情報の更新頻度や、更新が必要になった場合の多言語化担当への連絡ルールを定めます。
- 部署間連携の強化: 情報を作成する部署と、多言語化を担当する部署(広報課、国際課など)との間で、情報共有の仕組み(定期的な会議、共有プラットフォームなど)を構築し、迅速な情報連携を図ります。
- 多言語化プロセスの効率化: 翻訳会社との契約方法を見直したり、定型的な情報はテンプレート化したりすることで、多言語化にかかるリードタイムを短縮する工夫を行います。
事例紹介(架空)
【失敗事例】 A市では、外国人住民向けにウェブサイトの多言語化を進めましたが、日本語サイトの情報をそのまま翻訳しただけで、情報が膨大かつ専門的すぎました。また、外国人住民の多くが市のウェブサイトの存在自体を知らなかったため、ほとんどアクセスされませんでした。
【改善策と結果】 この反省から、A市は外国人住民のニーズ調査を実施。子育てに関する情報への関心が高いことが分かりました。そこで、ウェブサイト全体の機械的な翻訳は一旦見直し、まずはニーズの高い子育て情報に特化して、専門家による分かりやすい多言語情報ページを作成しました。同時に、地域の国際交流協会と連携し、協会が運営するSNSやイベントで多言語情報ページの存在を積極的に周知しました。結果、子育て情報ページへのアクセスが大幅に増加し、外国人住民からの問い合わせ内容も具体的なものに変化しました。この成功体験を基に、順次他の分野の情報多言語化と周知方法を改善しています。
まとめ
自治体の多言語情報発信における失敗事例は、多くの場合、外国人住民への理解不足、品質管理体制の不備、情報提供プロセスの非効率性などに起因します。これらの失敗は、多言語化へのコストや労力を無駄にするだけでなく、外国人住民との間に不信感を生じさせ、地域コミュニティ全体の相互理解を妨げる可能性すらあります。
しかし、これらの失敗は決して避けられないものではありません。外国人住民の多様なニーズを把握し、質の高い翻訳を確保し、適切な媒体を選定し、情報更新体制を整備するなど、適切な対策を講じることでリスクを大幅に減らすことができます。
重要なのは、一度多言語化すれば終わり、ではなく、外国人住民からのフィードバックを収集し、継続的に改善していく姿勢です。この記事でご紹介した失敗事例と改善策が、皆様の多言語情報発信の取り組みを進める上で、少しでもお役に立てれば幸いです。