自治体向け多言語情報作成の実践プロセス:翻訳委託と品質管理のポイント
はじめに
外国人住民への情報提供において、多言語対応は不可欠な取り組みの一つです。しかし、「どのような情報を」「どの言語で」「どうやって」作成すれば良いのか、また「品質を保ちながらコストを抑える」にはどうすれば良いのか、といった具体的なノウハウにお悩みを持つ自治体職員の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
本記事では、多言語情報作成の全体的な流れと、特に多くの自治体で課題となりやすい翻訳委託の進め方、そして重要な品質管理の方法について、実践的なポイントを解説いたします。予算や人員が限られる状況でも取り組める工夫もご紹介しますので、ぜひ日々の業務にお役立てください。
多言語情報作成の全体プロセス
多言語情報を作成する作業は、単に日本語の情報を外国語に置き換えるだけではありません。効果的な情報発信のためには、いくつかの段階を経て計画的に進めることが重要です。一般的なプロセスは以下のようになります。
- 企画・準備:
- 誰に、どのような情報を届けたいのか(対象者、目的、内容の明確化)
- どの言語で対応するか(地域特性やニーズに応じた言語選定)
- どのような媒体で発信するか(ウェブサイト、SNS、印刷物など)
- 原稿作成:
- 多言語化しやすい、分かりやすい日本語原稿を作成する(やさしい日本語化の検討も有効です)
- 専門用語や自治体独自の表現を整理する
- 翻訳・編集:
- 選定した言語に翻訳する
- 現地の文化や習慣に合わせた表現調整(ローカライズ)が必要な場合もあります
- 必要に応じてデザインデータへの流し込みなどの編集作業を行います
- チェック・校正:
- 翻訳された内容が正確か、分かりやすいかを確認する
- 誤字脱字、表記ゆれなどを修正する
- 公開・配信:
- 決定した媒体で情報を公開・配信する
- 効果測定・改善:
- 情報が対象者に届いているか、理解されているかを検証し、今後の改善に繋げます(この点は次回の記事で詳しく触れる可能性があります)。
このプロセスの中でも、特に翻訳の質を左右し、予算や人員に影響を与えるのが「翻訳・編集」と「チェック・校正」の段階です。
翻訳委託先の選定
多くの自治体では、専門的な翻訳作業を外部の事業者へ委託しています。委託先としては、翻訳を専門とする企業や、特定の言語・分野に強みを持つフリーランスの翻訳者などが考えられます。委託先を選ぶ際には、以下の点を考慮することが重要です。
- 実績と専門性: 自治体関連の文書翻訳実績や、行政、医療、防災といった分野の専門知識があるか。
- 対応言語: 必要な言語に対応できるか。単に翻訳者がいるだけでなく、品質管理体制が整っているか確認が必要です。
- 費用: 見積もり金額が予算に見合うか。ただし、安さだけで選ぶのはリスクも伴います。
- 納期: 希望する期日までに納品が可能か。
- コミュニケーション: 担当者との連絡がスムーズか、要望を正確に伝えられるか。
複数の事業者から相見積もりを取り、比較検討することをお勧めします。その際、単価だけでなく、翻訳後のチェック体制が含まれているか、用語集作成に対応しているかなど、サービス内容全体を確認するようにしましょう。自治体の調達プロセスに沿った手続きを適切に行うことも忘れてはなりません。
翻訳の品質管理とチェック体制
翻訳の品質は、情報が正確に伝わるか、外国人住民からの信頼を得られるかに直結します。委託先に任せきりにせず、自治体側でも品質管理に積極的に関わることが重要です。
1. 翻訳依頼時の明確な指示: * 翻訳する文書の目的、対象者、媒体を正確に伝える。 * 専門用語や固有名詞、自治体独自の表現について、使用を推奨する用語集や過去の翻訳データを提供(または共同で作成)する。 * 文体やトーンに関する要望(例:「ですます調」を使用、親しみやすい表現など)を伝える。
2. 翻訳納品後のチェック体制: 翻訳会社から納品された訳文は、そのまま公開せず、必ずチェックを行う体制を構築してください。
- 内部チェック:
- 日本語原稿と訳文を照らし合わせ、内容が正確に反映されているか確認します。職員自身が外国語を完全に理解していなくても、数値や固有名詞、見出しなどが対応しているかの確認は可能です。
- 用語集に沿っているか、指定したスタイルが守られているかを確認します。
- 外部チェック(可能な場合):
- 対象言語のネイティブスピーカーや、その分野の専門知識を持つ第三者によるチェックは非常に有効です。誤訳や不自然な表現、文化的なニュアンスのずれなどを発見できます。地域の国際交流協会や、外国人住民のボランティアネットワークなどに協力を依頼することも一つの方法です。
チェック体制がない場合、誤訳や不適切な表現が見過ごされ、外国人住民に誤った情報が伝わったり、自治体への不信感に繋がったりするリスクがあります。過去には、緊急性の高い情報に誤訳が含まれてしまい、混乱を招いた事例なども報告されています。
予算・人員制約下での工夫
限られた予算や人員の中で多言語情報を作成するには、いくつかの工夫が必要です。
- 優先順位付け: 全ての行政情報を全ての言語で提供するのは現実的ではありません。外国人住民からの問い合わせが多い情報、生活に必須の情報(ごみ、防災、税金、子育て、医療など)から優先的に多言語化を検討します。
- 定型情報の活用: よくある質問(FAQ)や手続き案内など、定型的な情報はテンプレート化し、更新の手間を省きます。
- やさしい日本語の活用: 多言語対応の第一歩として、まずは日本語原稿を「やさしい日本語」で作成することを徹底します。これにより、より多くの在住外国人に情報が届きやすくなります。
- 既存リソースの活用: 法務省の「生活・仕事ガイドブック」など、国や他の自治体が既に多言語化している情報で代用できないか検討します。
- AI翻訳ツールの補助的活用: AI翻訳は品質にばらつきがあるため、そのまま公開することは推奨できませんが、内部での情報共有や、やさしい日本語化の補助、一次翻訳として活用し、その後のネイティブチェックを組み合わせるなどの方法で効率化を図ることは考えられます。ただし、最終的な公開には必ず専門家によるチェックが必要です。
- 地域のリソースとの連携: 地域のNPO、国際交流協会、外国人住民コミュニティとの連携を強化し、翻訳協力やチェックへの協力を依頼するネットワークを構築します。
まとめ
多言語情報作成は、単なる言語の置き換えではなく、企画から公開、チェックまでのプロセス全体を管理する取り組みです。特に翻訳を外部に委託する場合は、委託先の選定を慎重に行い、依頼時に明確な指示を出すこと、そして納品された訳文に対して必ずチェックを行う体制を構築することが品質確保の鍵となります。
予算や人員に制約がある中でも、優先順位付け、やさしい日本語の活用、地域のリソースとの連携、AIツールの補助的な活用など、工夫次第でより効果的・効率的に多言語情報発信を進めることは可能です。
外国人住民との信頼関係を築き、地域コミュニティの一員として安心して生活してもらうために、本記事でご紹介したポイントが、貴自治体の多言語情報発信の質の向上と効率化の一助となれば幸いです。